楽曲詳細
製作者より
BWV 84

Ich bin vergnügt mit meinem Glücke

我はわが幸いに満ち足りている
作曲年・場所:
1727年・ライプツィヒ
声部編成:
S+合唱
楽器編成:
オーボエ、ヴァイオリン2、ヴィオラ、通奏低音
コラール元曲
Wer weiß, wie nahe mir mein Ende(テキスト)。旋律『Wer nur den lieben Gott läßt walten』で歌われる(作詞:Ämilie Juliane von Schwarzburg-Rudolstadt(テキスト、第5曲)/作曲:Georg Neumark(旋律『Wer nur den lieben Gott läßt walten』。バッハはこの旋律にコラール・テキストを載せた)/初出:1686年(Ämilie Julianeのテキスト)/1657年(Neumarkの旋律))
同じコラールに基づくオルガン曲
  • BWV 642 Wer nur den lieben Gott lässt walten(オルガン小曲集)
    ヴァイマル時代(1708-1717年頃)の『オルガン小曲集』収録で、ヴァイマルの詩人ゲオルク・ノイマルクによるコラールに基づく。定旋律の下で、複雑な対位法を用いず並行3度を主とするアナペスト(短短長)のリズムが終始続く。
  • BWV 647 Wer nur den lieben Gott lässt walten(シュープラー・コラール集)
    1747-48年頃に出版された『シュープラー・コラール集』(BWV645-650)の第3曲で、カンタータBWV93第4楽章(ソプラノとアルトの二重唱)のオルガン編曲。原曲では歌声部の下で弦楽が奏していたコラール旋律が、オルガンでは定旋律として明確に浮かび上がる。
  • BWV 690 Wer nur den lieben Gott lässt walten(キルンベルガー・コラール集)
    弟子キルンベルガーの手を経て伝えられた曲集『キルンベルガー・コラール集』(BWV690-713)の冒頭曲で、足鍵盤を用いないマヌアリターのイ短調の編曲。同曲集にはヴァルターの作とされる曲や真作性に疑義のある曲が含まれるが、本曲については疑義は示されていない。
  • BWV 691 Wer nur den lieben Gott lässt walten(キルンベルガー・コラール集)
    「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」(ケーテン時代c.1720)に所収されているのはBWV691そのもの。BWV691aはBWV691に前奏・間奏・後奏を付加した別編曲であり、帰属疑わしい非真作編曲に分類されている(初期稿ではない)。旧記載の「初期稿BWV691aがクラヴィーア小曲集に所収」という説明は誤りのため修正した。
研究上の注記
作曲年については、20世紀前半の研究では1727年(Robertson、Stokes)、1731年(Schweitzer、Neumann)、1731/1732年(Terry)など複数の説が唱えられていたが、自筆資料の書誌研究に基づく現在の学説では1727年2月9日の初演に先立つ時期(すなわち1727年)に確定している。テキストの作者: 第1〜4楽章はChristian Friedrich Henrici(Picander、1728年および1732年刊行の詩集)の詩を下敷きとしており、これを台本用に改編したのはChristoph Birkmannである可能性が指摘されているが、いずれも確証には至っていない。第5楽章のコラール歌詞はÄmilie Juliane von Schwarzburg-Rudolstadt(1686年)によるもので、Georg Neumark作曲の既存の旋律「Wer nur den lieben Gott läßt walten」(1657年)に載せて歌われる。カンタータの基本的な真作性や教会用途に争いはない。

楽章構成・日本語対訳

1Ariaソプラノ

Ich bin vergnügt mit meinem Glücke, Das mir der liebe Gott beschert. Soll ich nicht reiche Fülle haben, So dank ich ihm vor kleine Gaben Und bin auch nicht derselben wert.

我はわが幸いに満ち足りている、 それを、いとしき神が我に授けたもうたのだ。 我が豊かな満ち足りたものを持たぬとしても、 それでも我は小さな賜物についても彼に感謝する、 そしてまた、それに値する者でもないのだ。未検証(AI生成の対訳。校訂中)

2Recitativoソプラノ

Gott ist mir ja nichts schuldig, Und wenn er mir was gibt, So zeigt er mir, dass er mich liebt; Ich kann mir nichts bei ihm verdienen, Denn was ich tu, ist meine Pflicht. Ja! wenn mein Tun gleich noch so gut geschienen So hab ich doch nichts Rechtes ausgericht. Doch ist der Mensch so ungeduldig, Dass er sich oft betrübt, Wenn ihm der liebe Gott nicht überflüssig gibt. Hat er uns nicht so lange Zeit Umsonst ernähret und gekleidt Und will uns einsten seliglich In seine Herrlichkeit erhöhn? Es ist genug vor mich, Dass ich nicht hungrig darf zu Bette gehn.

神は我に何一つ借りがあるわけではない、 そして彼が我に何かを与えるとき、 それによって彼は我に、彼が我を愛していることを示すのだ; 我は彼のもとで何も得るに値することはできない、 なぜなら我がなすことは、我が義務であるにすぎないからだ。 そう! 我がなすことがどれほど善く見えたとしても、 それでも我は正しいことを何も成し遂げてはいないのだ。 しかし人はかくも忍耐なきもので、 しばしば思い悩むのだ、 いとしき神が彼に有り余るほどを与えないときには。 彼はこれほど長い時を 無償で我らを養い、衣を与えてこなかったであろうか、 そしていつか幸いのうちに我らを、 その栄光の中へと高めようとされているのではないか? 我にとってはそれで十分である、 我が飢えたまま床に行かずに済むということは。未検証(AI生成の対訳。校訂中)

3Ariaソプラノ

Ich esse mit Freuden mein weniges Brot Und gönne dem Nächsten von Herzen das Seine. Ein ruhig Gewissen, ein fröhlicher Geist, Ein dankbares Herze, das lobet und preist, vermehret den Segen, verzuckert die Not.

我は喜びをもって我のわずかなパンを食べ、 そして心から隣人にその者のものを与えることを喜ぶ。 静かな良心、喜びに満ちた霊、 讃え誉め讃える感謝の心、 それらは祝福を増し、苦難を甘くする。未検証(AI生成の対訳。校訂中)

4Recitativoソプラノ

Im Schweiße meines Angesichts Will ich indes mein Brot genießen, Und wenn mein Lebenslauf, Mein Lebensabend wird beschließen, So teilt mir Gott den Groschen aus, Da steht der Himmel drauf. O! wenn ich diese Gabe zu meinem Gnadenlohne habe, So brauch ich weiter nichts.

我が顔の汗のうちに、 その間、我はわがパンを味わおう、 そして我が人生の歩みが、 我が人生の晩年が終わりを告げるとき、 神は我に一銭を分け与えるであろう、 その上には天が刻まれているのだ。 おお! 我がこの賜物を 我が恵みの報いとして持つならば、 それ以上何も要らないのだ。未検証(AI生成の対訳。校訂中)

5Choral

Ich leb indes in dir vergnüget Und sterb ohn alle Kümmernis, Mir genüget, wie es mein Gott füget, Ich glaub und bin es ganz gewiss: Durch deine Gnad und Christi Blut Machst du's mit meinem Ende gut.

我はその間、汝のうちに満ち足りて生き、 そして何の憂いもなく死ぬ、 我が神がそれをどのように定めようとも、我には満ち足りている、 我は信じ、それを全く確信している: 汝の恵みとキリストの血によって、 汝は我が終わりを善きものとしてくださる。未検証(AI生成の対訳。校訂中)